無条件の愛
無条件の愛
弦巻マキ
「あーもうっ、やんなっちゃう!」
結月ゆかり
「どうしたんですかマキさん、藪から棒に」
弦巻マキ
「それが聞いてよ! 豚丼をせっかくお持ち帰りしたと思ったら、バンド仲間が食べちゃったの! 信じられないよ! 謝ってくれたけどなんか赦せないし……もうバンド解散したくなっちゃった」
結月ゆかり
「そ、そこまで……。
でも、その感情を大事にしてください。
いずれそこから、無条件の愛、普遍的な愛、どんな他人も許せる慈悲深さが生まれるのですから……」
*ゆかりは語り始めた*
結月ゆかり
「私たち、人間がこの現世に生まれたその当座の目標は、『万物への愛』に目覚めることです。
好感を覚える人、見た目の良い人に優しくするのは、簡単にできるものです。
難しいのは、自分の敵、憎い相手、見ただけで不快を催す相手に愛情を注ぐことではないでしょうか?
難しいことではありますが、だからこそ、価値があるのです。
古くから言われている通り、それこそがこの現世での目標なんです。ごまかしようもありません」
弦巻マキ
「えー! ぜったい赦せないって!」
結月ゆかり
「まぁまぁ、落ち着いてください。
マキさんが怒っているのは、豚丼を勝手に食べられたからですね? ですが、それは本当に『勝手に』食べられたと言えるのでしょうか。
もし『勝手』に食べられたということであれば、それはマキさんの予期しない形で食べられてしまい、マキさんにはどうにもコントロールできなかったことだ、ということになります。
つまり、お友達がそれを食べてしまったことについて、マキさんには、何の責任もないということになります」
弦巻マキ
「当たり前じゃん!」
結月ゆかり
「ですが、本当にそうでしょうか。
マキさん、あなたはこの宇宙の創造主ではなかったのですか? この世の全ての人は、完全な創造主としての資質を、潜在的な形でその身に宿しています。
ゆえに、マキさんが自分の深い所で許可していることしか、マキさんの人生には決して起こらないのです。
マキさんが、マキさん自身のために配慮したことしか、マキさんの人生には起こりえないのです。
マキさんを成長させるために最適な、ベストな事だけを、マキさんはご自分の人生の中に絶えず創造しているんです。
人生の中で起こる出来事は、マキさん……すべてが、100パーセント、マキさん自身の責任だということです。
盗み食いしてくるようなお友達が目の前に現れる――と、いうことは、それがマキさんにとって、今もっとも必要な体験だったということでしょう。
だからこそ、自らそういった体験を『創造』したんです」
弦巻マキ
「どうしてそんな事が分かるのさーっ!?」
結月ゆかり
「そう考えるのが自然というだけです。
ちょっと考えてみてください。
人間が見渡す限り、この世界は完璧に運営されていると思いませんか?
月の満ち欠け。
潮の満ち引き。
季節の移り変わり……
全てが狂いなく完璧に運行されている宇宙には、それに見合った完璧な運転者がいると考えるのが自然ではないでしょうか?
その完璧な配慮が、なぜ人間の人生にだけは及んでいないと考えるんですか?
そんなことはないはずです。マキさんの人生にだって、マキさんがたくさんの経験ができるよう、もれなく配慮が及んでいると考えるのが、ごく自然なことではないでしょうか」
弦巻マキ
「むむっ……」
結月ゆかり
「私もまだまだ分からないことだらけですが、しかしその事くらいは分かるのです。私たちは、いつも創造主の手の中に抱かれているのだと。そして、その創造主とは、私たち自身のことなのだと。
……と、いう事なら、その盗み食いしてしまった憎いお友達はどうなるのでしょう。その方は、憎い存在ではなくなるはずです。
創造主であるマキさんの求めに応じて、『困った人』としてマキさんの目の前に現れてきてくれた方です。怒るどころか、むしろ感謝すべき人と言えるかもしれませんよ」
弦巻マキ
「ぐぬぬぬ……!」
結月ゆかり
「浄化される悪霊のような声を出さないでください……。
もちろん、その人自身は、自分がマキさんのためになる事をしているなどと自覚はないかもしれません……たぶん、ないはずです。
それでも、現れてきてくれるのは、ひとえにその方も創造主の一部、創造主そのものだからです。
この宇宙に存在するものすべて、何一つ創造主でないものはないんです。全てが一つの創造主の中に、存在しています。
だとすれば、自分と他人という区別は、意味がないことになります。この宇宙の全ての方は、マキさん、あなた自身なのです。
目には見えなくても……いえ、目には見えないからこそ、決して途切れることのない絆で、私たちは結ばれているんです。この世の中に、本当は、『他人』などというものは存在しないんです。
なら、その『他人』を、つまり自分自身を嫌いになる必要なんて、いったいどこにあるのでしょう? マキさんが今、憎いと思っている方は、マキさんの体に現れる痛みと同じです。
自分の体のどこが傷ついているのか、知らせるために現れてきてくれた存在なんです。
痛みがなかったらどうなりますか? 体のどこが傷ついているのかも分からず、治そうという意欲もまったくなくなってしまうのではないでしょうか。
ですから、ご自分が反感を覚える人こそ、とてもありがたい存在であるはずです。そういった方にこそ、愛情を注いであげてください。
それがどうしても無理だというなら、せめてほんの一言でも、優しい言葉をかけてあげて下さい」
弦巻マキ
「ん〜、言ってることは分かったけど。私には難しそうだなぁ……」
結月ゆかり
「もちろん、即座に完璧にしろとは言いません。けど常に、目の前に現れる方は創造主の遣いだということを忘れないでください。
人生の中で、経験することすべてに、正面から取り組んで下さい。
そして、それを後からじっくりと振り返る時間を持ってください。
その経験を受け入れ、そこから無条件の愛の一部と思えるものを抽出してください。
自分の物にしてください。
そうすれば、いずれは少しずつ、人によってはあっという間に、心は、そして魂が変わっていくはずです。
……ところで、マキさんには彼氏はいますか」
弦巻マキ
「うわっ!? いきなりそんな事聞くなんてどうしたの!」
結月ゆかり
「実は、男女の間の絆は――人によっては同性間の絆ですが――、愛情の在り方を学ぶのには最適なのです。
現実問題として、全ての方を無条件に愛するようになるまでには、それなりに経験を重ねることが必要ですからね。
そういった事を課すのに、何も学ぶ素材を用意しないまま放り出すような事は、創造主はなさいません。
その素材というのが、そうした愛情なんです。
一般的に、可能な限りパートナーを見つけるようにすることをお勧めします。
なぜなら、特定のパートナーがいることによって、成長が激しく加速されるからです。
たとえば……パートナーに強く惹きつけられるからこそ、その方にどんなことでもしてあげたいと思うのではないでしょうか?
しかもその結果として、子どもを授かることがあればどうでしょう。
子どものためなら、文字通り自分を犠牲にしてでも奉仕するのが、親の常ですから。より強力な愛情の在り方を学べるはずです。
男女の愛情も、そうした意味があってこの世に存在しているのです。ですから、それをいたずらに軽視したりするのは、よろしくないでしょうね」
弦巻マキ
「恥ずかしい事いうの禁止!」
結月ゆかり
「ふふふ、すいません。でももう少しだけ。
もちろん、パートナーを得たからそれで終わりというわけじゃありませんよ。
そこからもう一歩、進む必要があります。
というのも一般的に、『愛情』と言うとき、よく考えてみればそれは『条件つきの愛』ですよね。
相手がなになにをしてくれるから好き、してくれなくなったら好きでなくなる。
相手が美しいから好き、醜くなったら好きでなくなる。
――という感じですか。
もちろん、人間的な目線で言えば、そうなってしまうのも無理ありません。少なくとも最初のうちは。
けれど、考えてもみてください。私達は、全員が一人の漏れもなく創造主なんです。
……ということは、全員が、自分と同一の存在なんです。
『他人』というのは、この世に存在しません。
その方がそこに存在してくれているというだけで、そこに大きな意味があるんですよ。
マキさんが好感を抱ける人より、むしろ反感を覚える方のほうが、むしろマキさんにとってためになっているということが往々にしてあるんです。
ですから、表面上の良し悪しだけ見て、愛情のあるなしを決めるのは少々近視眼的な態度です。
……もっとも、別に焦らなくていいですよ。
変に急ぐというのも、却ってよくありません。
今は、ご自分の前に起きている事としっかり向き合い、その中で、無償の愛情と思えるものを、少しでも持つように心がけてみてくださいね」
弦巻マキ
「うーん、そ、そっかぁ……。そんなこと考えたこともなかったけど、嫌いな人も大切なんだね……。
うん、じゃあ私、赦してあげてくるよ! ばいばいゆかり〜〜ん!」