両極にある価値観
両極にある価値観
弦巻マキ
「はぁ〜〜……今まで私が信じてきたことは何だったんだろう……! もう、何を信じたらいいのか、わかんないよっ」
結月ゆかり
「ど、どうしたんですかマキさん? ソフトクリームを地面に落としでもしたのですか」
弦巻マキ
「ちがうよっ! そんなくだらないことなわけないじゃん!
……聞いてよ.ゆかりん。こないだニュースで知っちゃったの。
あのね、たけ◯この里より、き◯この山のほうが、実は入ってるチョコレートの量は多いんだって! 売り上げは低いくせに!
嗚呼っ! 私、たけ◯この勝利を信じて、これまで買い支えてきたのに……いつの日か、たけのこの光がきのこの闇を一掃してくれるって信じてたのに! たけのこは、いつだってきのこよりすぐれてなきゃいけなかったのに!
いったい、これからどうすればいいの!? 私、何を信じて生きればいいの!?」
結月ゆかり
(充分くだらないことだと思うのですが
……)
*ゆかりは語りはじめた*
結月ゆかり
「……まぁ、そういう他愛ない話のほうが、喋りやすくはありますよね。
ガチな話だとなかなか人は冷静になれないものですが、きのことたけのこなんて話であれば、客観的に捉えやすいですし」
弦巻マキ
「だからくだらなくないってば! いじわる言ってないで、慰めてよゆかりちゃん!」
結月ゆかり
「はいはい、よしよし……。
さて、他人から見れば大したことないことでも、本人はのめり込んでしまうことがあるものですね。マキさんみたいに。
もっとも、価値感というのは、もともとそういうものですよね。
ある信念、主義、価値観、立場……そういったものを自分の中に取り込み、相容れない考えの人を非難したり攻撃する……それは、世の常ではないでしょうか。
たとえば、動物の肉を食べるのは良くないと言って、肉を食べる方々を批判する。もちろん、その逆もあります。
女性は女性らしく、男性は男性らしくすべきとして、そうでない考えを非難する方々がいます。とうぜん、その逆もあります。
特定の宗教、特定の民族、特定の社会階層の立場に立って、対立する立場を攻撃する……どこにでも転がっている話です。そしてそれこそが、人間の心にとってとても重要な糧となるんです。
人は必ず、なにか特定の価値観を持っているものです。それも、人間がこの宇宙を体験するための手段として、とても大事なことなのです」
弦巻マキ
「え? どーいうこと?」
結月ゆかり
「この宇宙には面白い特徴があります。それは、何事にも二極性のある世界だということです。
簡単に言えば、ある概念には、必ず真逆の概念が用意される、ということなんです。
たとえば、理性の反対は感情、快感の反対は不快感、利己的の反対は利他的、やさしい人の反対はこわい人、個人主義の反対は集団主義、という具合です。
私たちは往々にして、まず二つの極のうち一方の価値観を持ちます。その価値観をしっかり握りしめて、根っからのなになに主義者になるわけです。
ちょうど、今のマキさんが生粋のきのこウーマンであるみたいに……」
弦巻マキ
「なにそれやらしい! っていうか、きのこ女は魔理沙ちゃんだけでじゅうぶんだよ」
結月ゆかり
「……しかし、その価値観にもいずれ飽きるときがきます。飽きた時とは、その価値観がもたらしてくれる体験を、あらかた終えたって言うことです。そしたら、その価値観を手放し、もう一方の価値観を体験することになるんです。
そして、やがてその人は、二つの対立した価値観の間で、バランスを取ることになります。
理性的すぎるのも良くないけど、感情的すぎるのも良くない。利己的すぎるのもよくないけど、利他的すぎるのもよくない。やさしさもいいけど、時にはこわさを身につけるべき……という感じです。両極のどちらの価値観にも、それぞれ長所や短所、特徴があって、どちらがいいとか悪いとかではないとわかるわけです。
対立する2つの価値観を統合した時、人は、一歩創造主に近づいたことになります。なぜか分かりますか? この宇宙の創造主は、すべてを統合した存在だからです。
この宇宙を創造した存在を指して、「やさしい」とか「大きい」とか「上」とか、そういった言葉で呼ぶのは間違いなんです。創造主は、そのうちに宇宙の全要素を宿している、無限の存在なんですから。
マキさんがきのこ主義者からたけのこ主義者へと揺れ動いている今この瞬間……それはまさに、マキさんが今まで知らなかった価値観を学んで、創造主に一歩近づく瞬間、ということになりますね。
ずいぶん葛藤が激しいようですが、それも生みの苦しみというものでしょうか。あまり、思いつめないようにしてくださいね」
弦巻マキ
「ありがと……。
あぁでも、私たけのこ主義者にならなきゃいけないの? いままで大好きだったきのこを捨てるなんて……そんなの無理だよー!」
結月ゆかり
「ちょっと、何を勘違いされてるんですかマキさん。
私は、別にきのこを捨てろなんて一言も言っていませんよ。もしろ捨てては困ります。
一つの価値観を捨てるのではなく、二つの価値観を統合し、バランスをとるのをお勧めしてるだけです。
二つをともに経験したからこそ、良い意味で『どちらでもいい』という境地に至るんです。ある一方の考えをとればそれ特有の体験があり、もう一方の考え方を選べば、やはりそれ相応の体験が得られる――ただ、それだけなんですよ。
二極の価値観のうち、一方が正しくて他方が間違っているということはありません。
なぜなら、その両方が創造主を起源とするものだからです。
いずれマキさんだって、きのこもたけのこもどちらでもいい、どちらもいいと思えるようになるでしよう。……要は、大人になるってことですね」
弦巻マキ
「なんとなく言いたいことは分かったけど……なかなか、そうは割り切れないよ~。
今まで、きのこだけを信じてきたのにー」
結月ゆかり
「よほどの激しい体験でもしない限り、なかなか人の心は急には変わりませんからね。
そういう時は、一日に十分でもいいので、誰にも邪魔されない所で、何もせずゆっくりする時間を取ってみて下さい。
目をつぶって、心を空っぽにして、ただ自分の心を見つめるんです。
きのこが好きなのか、たけのこが嫌いなだけか――マキさんの中で、そんな感情がぐちゃぐちゃになっているんでしょう。そんな自分を祝福し、じっくりと光を注いであげて下さい。
マキさんが今抱えている葛藤は、必要なものなのです。それなりの意味があって、生じているんです。
そのうちに、マキさんの心は落ち着くでしょう。何週間か、何ヶ月かすれば、『なんであんなことで悩んでたんだろう?』と、思えるようになりますよ」