苦難って何?
苦難って何?
霧雨魔理沙
「うぅっ……まったく参ったぜ。まさか魔法書を川に落っことすなんて! この魔理沙さまとしたことが……一生の不覚だぜ!」
霧雨魔理沙
「……それがさ、せっかく書いた魔法書をなくしちまったんだ。何日も苦労して書いたってのに……あ〜もう、なんであたしがこんなひどい目に遭うんだ!
世の中、神も仏もいないぜ!」
博麗霊夢
「全く、あんたって奴は……。曲がりなりにも巫女の私に向かって、『神がいない』とはご挨拶ね。
困難なことは、神からの贈り物みたいなものなのよ。あんたはもう少し、『苦難』という物について知るべきだわ」
霧雨魔理沙
「はぁ? なんでそんなもん知る必要があるんだぜ。とにかく、私は今ショックなんだよー!」
博麗霊夢
「この世に
苦難が存在する意味が分かれば、現世でどんな荒波に飲み込まれようと、落ち着いて自信を持っていられるはずよ。
あんたのために言ってやってるのに」
霧雨魔理沙
「へぇ……。ま、そこまで言うなら聞くだけ聞いてみるぜ」
*霊夢は語り始めた*
博麗霊夢
「結論から言うわ。『苦難』というのは、人間の資質を磨くために、人生において必要不可欠なモノ。逆境の中でがんばるからこそ、魂がたくましく磨かれるものなのよ。
辛いときもあるでしょうけど、ふてくされたり運命を呪ったりしても意味ないわ。だって、自分で選んで生まれてきたはずの人生、自分が望んでいたはずの苦難だもの。
だから、苦難はありがたい薬だと思って、むしろ感謝しながら素直に取り組んだ方がいいわ。
ほら、良薬口に苦し、と言うでしょう?
確かに、辛いことは辛いに決まっているけど……でもね。
だからこそ、あんたの進歩は困難を経験したぶん、何倍にも促進されることになるのよ?
本来なら、何十年、何百年とかかるような進歩が、ほんの数か月、いえ、数日で達成されることだってあるわ。
それもこれも、すべて苦難のおかげ。
だから、勇気を出して、逃げずに立ち向かってみることね」
霧雨魔理沙
「そんなマッチョなこと言われてもなぁ……辛いものは辛いぜ。一ヶ月もかけて書いてたのに、一瞬で水の泡だぜ!?
また一からやりなおしなんて、気が遠くなるぜ……」
博麗霊夢
「分かるわ。
別に、辛くないとは言わない……けど、まだ再起不能ってわけじゃないじゃない。
また書こうと思えば、いくらでも書けるでしょ?
忍耐力を試されてるとでも思って、もう一度がんばってみなさい。
そのうち上手くいくから」
霧雨魔理沙
「おい霊夢〜! 無責任なこと言うなよ、どうしてそんな事が分かるんだよ」
博麗霊夢
「簡単よ。
現世で送る私たちの人生は、魂を磨くための学校みたいなものよ? 確かに苦しいこともたくさんでしょうけど……
だからといって、その人が絶対に解決できないような課題が出たりしないわ。
そこは、きちんと配慮されているのよ」
霧雨魔理沙「えぇー、そうかな?」
博麗霊夢
「ええ。うちの神社だって、賽銭は少ないけれど、節約すれば何とかやっていけないわけではないもの。私の陰徳のなせる業ね。
……それにほら、見てごらんなさい。
うちの神社の夜景もけっこう綺麗でしょ。
毎日規則正しく空を照らす月や太陽…
水をやればやがて芽を出す種……
この冷えた空気の分子ひと粒ひと粒……
大自然の全ては、私たちが受肉するずっと以前から、一片の誤りも手落ちもなく、完璧に運営されてるわ。
あんたは、月が出るのを止めてしまっただとか、そんなのを見たことある? 草木が突然生えるのを止めてしまったとか、空気がどこかへ行ってしまっただとか、そんなことを聞いたことがある?」
霧雨魔理沙
「そりゃあ……ないぜ」
博麗霊夢
「でしょ?
それはつまり、宇宙全体に、創造主の配慮がいきわたっているという事。
だったら、あんたの人生だってそれと同じ事。
あんたの人生にだって、隅から隅まできちんと配慮が行き届いてる。
あんたが出くわす困難はぜんぶ、あんたのために宇宙がわざわざ用意してくれた、学校のテストだとでも思っておきなさい。
ほんとの学校だったら、まちがって難しすぎてそいつには絶対解けない問題を出しちゃうこともあるかもしれないけど……でも、宇宙は間違ったりしない。
宇宙の全てを支配する無限の力が、あんたの人生にだってちゃあんと働いてるわ。あんたの人生で起きることの中には、何一つ、あんたのためになるよう配慮されてないことなんてない。
あんたの手に負えないことは、絶対に課したりしない。
目の前のことに真摯に取り組んでいれば、必ず先へと導かれていくから。だから安心しなさい。
辛い事があっても、人生に倦むのは止めなさい。私たちは、自分の魂を磨き上げ、上へ上へと進んでいく、無限の旅をしているようなものなのよ?
その中のほんの短い人生でしょう? しょせん、イヤだと言ったって百年も経たずに解放されるものなんだから。
だから、どんな荒波に揉まれまくろうと、心はドンと構えていればいいのよ」
霧雨魔理沙
「そ、そうか……。うん、そうだといいな。
……まぁ、そう考えると、気分は楽になるよな」
博麗霊夢
「でしょう?」
霧雨魔理沙
「うん。でもさ霊夢。思ったんだが、どれだけ頑張ったって、どうにもならないことだって人生にはいっぱいあるんじゃないか?
絶対乗り越えられるなんて……それほど甘くないだろ?」
博麗霊夢
「たとえば?」
霧雨魔理沙
「ん〜、たとえば……人間界で最近、ブラック企業とか流行っているだろ? 物凄い働かされて過労死させられる奴!
あんなの、頑張ったってどうしようもないじゃないか」
博麗霊夢
「それなら、逃げたらいいじゃない」
霧雨魔理沙
「さっきは逃げるなって言ったじゃないか!」
「そんな皮相な意味で言ったんじゃないわ。人生という宿題から逃げるなと言ったの。
そのナントカ企業とやらから逃げ出すことが、その人にとっては、人生の課題を果たすことになる――ということだってあるかもしれないじゃない」
霧雨魔理沙
「なんだ、そういうことか……。
うーん、でもまだ、なんか納得できないぜ。だって、どれだけ努力したって、叶わないことだってあるじゃないか?
むしろ、叶わないことのほうが多いぜ……世の中、そんなに甘くないだろ? 努力が必ず報われるだなんて、そんなこと言えないはずだぜ?
ぜんぶがぜんぶ、徒労に終わることだってあるじゃん」
博麗霊夢
「そんなことないわ。あんたの目が曇っているから、そう見えるだけのことよ」
霧雨魔理沙
「言ってくれるじゃねーか」
博麗霊夢
「怒った? 確かに、なんの成果もなく終わって、ぜんぶムダになったって思えることもあるかもしれないわ。けと、スッカリむだなんてことはないの。
たとえ失敗したとしても、次の人生に活かせる。一見無駄に見えることも、それなりの意味があって起こっているの。
だから、無駄なんてない。それにね魔理沙、人の才能なんてどこに眠っているか分からないものよ。さんざん寄り道して、ようやく自分のすべきことが見えてくることもある。
いえ、むしろそのほうが多いかもしれない。たとえば……あんたの場合、お店をやる才能はなかったけど、魔法の才能はあった……みたいな感じでね。
しょせん私たちは人間。どれだけ緻密に計算したって、先を見通すことなんて出来ない。早々に人生を見限って、かってにあきらめたり絶望したりなんて、もったいないと思うの。
導かれる方向にただ努力を重ねていけば、必ず何らかの道が開けるはずよ」
霧雨魔理沙
「うっ、その話題を出されると辛いぜ……」
博麗霊夢
「そんなに卑下しなくていいじゃない。失敗がなかったら、あんたは自分の才能に気づかないままだったかもしれないわ。
そのくらいの回り道くらい、それこそ人生にはつきものじゃない? それとも……それがぜんぶムダだったと、あんたは言いたいのかしら?
あんたが頑張っているの、私は嫌いじゃないけど。
せっかく見つけた盗みの才能、大事にしなさい」
霧雨魔理沙
「そっちかよ!」
博麗霊夢
「まあまとめると……人生と言っても色々あるのだから、その場その場で最善と思えることを、ごまかさずにこなしていけばいいのよ。
それ以上の無理は、人間に要求されてないわ」
博麗霊夢
「ま、またゼロから、魔法書の執筆がんばって頂戴。きっと、あんたの忍耐力を磨くための試練か何かなのでしょうから。
せいぜい、ありがたくやらせていただくことね」
「うぅっ、いちいちムカつくぜ……! でも、困難を『ありがたく思え』だって? さすがに、そこまでマゾヒストにゃなれないぜ」
博麗霊夢
「まぁ……困難がイヤなこととしか思えないのも、無理はないかもしれないわね。人間の目に映る範囲は、しょせん限界があるもの。
でも、後から振り返ってみて見れば分かるものよ? あそこで困難を潜り抜けたからこそ、今の自分がある――そういう風にね。
そこまで行けば、きっと自分に降りかかった困難を、祝福さえできるはずよ。この困難で、いったい、自分の中のどんな資質が芽を出すんだろう、ってね」
霧雨魔理沙
「芽を出すか……そうだといいけどな」
博麗霊夢
「『そうだといいな』なんてレベルじゃないわ。
この宇宙は、創造主の完璧な配慮で動いてる。どんな人にだって、その人にしかない役割というのが、必ずあるの。
それを果たすも果たさないも、その人の心掛けと行動次第よ。
それに、考えてもみなさい。もし困難なんてものが何もない人生だったとしたら……どうなると思う? 毎日宴会ばかりして、苦しいことが何にもない人生……
楽しいかもしれないけど、なんの進歩もないのよ?
最初は楽しくても、そのうち、かえって苦しくなってくると思うわ」
霧雨魔理沙
「そりゃあ……確かにそうかもな」
博麗霊夢
「一時は楽しいでしょうけど、それだけのことだわ。
努力する必要もない。必死になる必要もない……楽しむだけ楽しんで、100年くらい無駄に過ごすなんて。
そんな生活じゃあ、あんたの中に眠ってる才能も、能力も、何も発揮されないし、鍛えられないという事にならないかしら」
霧雨魔理沙
「そうだな……。さすがの私も、そこまで楽ばかりしたいとは思わねぇよ。やりたいことだってあるしな」
博麗霊夢
「殊勝な心がけね。そんな人生、私もぞっとするわ。生まれてきた時と死ぬ時で、ちっとも変りやしない。そんな人生が、本当に楽しいと言えるのかしら。
むしろ、死ぬ時には後悔しかないんじゃないかしら」
*霧雨魔理沙
「だよなー、さすがにそんな人生はいやだぜ。もっと魔法を極めなきゃいけないからなー。
よし……この魔理沙様が、へこたれててもしょうがないぜ! 魔道書の一冊や二冊、いくらでも書いてやる!
こんなボロい神社で油売ってる暇はないんた! じゃあな霊夢、さらばだー!」